金田成就

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プロフィール


家族:

父、金田春雄(故人)作曲家※1、元公立高校音楽科教員、元関東合唱連盟理事長
母、金田(旧姓 根本)芳子(故人)詩人※2、元公立高等女学校数学科教員、東京女子高等師範(女高師,現お茶の水女子大学)数学科卒
次弟、金田雄志 作曲家 元宮崎・岡山大学大学院教授、くらしき作陽大学講師
末弟、金田潮児 東京学芸大学大学院教授、作曲家
妻、金田(旧姓 三塚)喜恵 日本語教師、元公立高校音楽科教員

※1 “人一倍職務に忠実であるとともに、強固な意志で作曲に打ち込んだ、”(母の詩集、下記1のあとがきより)
出版楽譜;「雪を讃える歌」,「混声合唱のための組曲 小景異情」,「金田春雄・混声合唱曲集」以上 音楽之友社版
オペラ『シラノ・ド・ベルジュラック』,『レクゥイエム』等作品多数。

※2良妻賢母の典型。女学生時代に文学に憧れたが,文才の無さに悲観して自然科学に進学する。
子育てに手が掛からなくなって詩作を再開する。
“ ~(夫は自作合唱曲の)詩の一次選択を私に委ね,その為.露風・犀星・達治・中也・中勘助・立原道造の詩を読む事ができた。また私に、作詩をも奨めてくれた。~”(下記詩集1のあとがきによる)
出版詩集:1「文字盤のない時計」,2「金田芳子詩集 花燃えの一瞬」,3「金田芳子詩集 緑の落ち葉」 以上 黄土社版

 なお、父の長兄、秀太郎(享年19才?)は小説『塩狩峠』中の殉職した二重連結、先頭機関車機関助手のモデルであり、その作者である三浦綾子氏は母、芳子が名寄市立名寄高等女学校在職時の教え子である。(父母の話によると、故秀太郎伯父は後続機関車の暴走を喰い止めるために、自らの体をブレーキ代わりにしようとした結果の自己犠牲であった。)


略歴(2009年まで):

1942年

北海道紋別郡遠軽町野上通りで金田春雄,芳子の第一子、長男として誕生する。

 同町はオホーツク海から約60キロ内陸に入った交通の要衝であり、湧別川が街中を流れる酪農と農業の町である。(現在陸上自衛隊第13連隊駐屯地、テツキチに大人気の丸瀬布動態保存鉄道所在。) 当時は豪雪地帯で一晩に屋根まで雪が積もり、朝は道路まで掘り上げ、掘り下げる作業をする日が一冬に度々あった。

4才より父にクラスイック音楽の技能・知識について手ほどきを受ける。

そのかたわら父が毎晩練習する「熱情ソナタ」,「冬の旅」やアイヌの伝承民謡「ユーカラ」の採譜音等を子守歌代わりに聞いて成長する。父がカソリック教会の聖歌隊指揮者・オルガニストであったため、日曜学校などの教会行事に参加、また、NHK地方局からピアノ演奏の依頼をうけ、再三放送される。地方紙からの“豆ピアニスト”等との紹介記事も多し。

1948年

旭川市に転居、市立中央小学校に入学。

1951年

父が作曲勉学のため転勤するのに従い、千葉県匝瑳郡吉田村に転居、同村立吉田小学校に転入学する。

吉田村(八日市場市を経て現、匝瑳市)は九十九里浜から車で約30分ほど内陸に入った、小売店が数軒の純農村であり、小中共に1学年1クラスの小規模校に通い、ピアノ漬けの日々を送る。

・中学2年までピアニストを志し、毎日5時間の練習と毎晩父のレッスンを義務づけられる。
小学4年から中学2年まで故柴田了一氏(元山梨大学教授、東京芸大、千葉大各講師)に師事。週1回3年間、バス,電車を乗り継いで往復4時間かけてレッスンに通う。

・小,中学時を通じて母の影響による読書少年で「世界少年少女文学全集」の殆どを読破、その他「オペラ全集」,「落語読本」,「三国志」,「水滸伝」,「ルパン全集」,「チボー家の人々」,「ジャン・クリストフ」等に手を伸ばし、高校時代には母の愛読書であったヘルマン・ヘッセの著作を殆ど読了する。

・中学3年から作曲に転じ、父の師であった作曲家、故池内友次郎氏(元東京芸大学部長,文化功労者,レオン・ド・ジュヌール勲章帯同者)、およびピアノを故松野景一氏(元東京芸大教授)の下で東京芸大付属高校受験勉強をする。[習作;歌曲「馬車(三好達治詩『海4章』より) ※3]。

※3 2008年にピアノ伴奏付き独唱曲に改編作曲

1960年

父親の勤務校であった千葉県立匝瑳高校に進学。

3年次で県立千葉第三高校に編入学するまで合唱部に所属、伴奏ピアニストを務め、各合唱コンクール全国大会に出場する。その傍ら近隣の学校の校歌制定(父作曲), ピアノ購入披露演奏会に招待演奏する。匝瑳高校は普通科1学年8クラス編成で、東総では知られた進学校であった。また、千葉第三高校(現、千葉東高校)は名門の旧制市立高等女学校で、普通科1学年8クラスの他、通信課程も併設していた。 高校時代からの友人:石垣(旧、三谷)豊子,大木(旧、加藤)良子,高石栄一郎,森田靖義の諸氏

高校時代の得意科目は国語,社会で、文部省主催全国学力テストに於いて上位にランクされ、将来高校の前述科目担当教員を考えるも、3年次に東京芸大作曲科受験を決意する。
[習作;「馬車(三好達治詩)」無伴奏混声4部合唱曲「水(三木露風詩)」,「風ぞ行く(同右)」※3,「竹の花ぶさ(大木惇夫詩)」,ピアノ曲;「アダージョ」,「エチュード」]

1961年

東京芸術大学音楽学部作曲科入学。1年次作曲科有志試演会で「ソロ・ピアノのためのソナチネ」1楽章初演。好評を得る。※4

※4 2009年に3楽章中途までの草稿を発見、補筆完成させる。

1962年

芸術祭(東京芸大大学祭)作品発表会で「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」(お薦め作品No.1)初演。
音楽コンクール等への出品を優先すべきであった、などの好評を博す。

1963年

安宅賞 (芸大学内賞奨学金。全学各科より各2名選抜者対象) 受賞。

1964年

学部卒業。卒業作品:「管弦楽のための一章」(「作品リスト」No.12参照)
在学中、池内友次郎, 島岡譲, 矢代秋雄, 諸井誠、ピアノを柴田了一、指揮を渡辺暁雄の各氏に師事。

1966年

第35回日本音楽コンクール(毎日新聞社, 日本放送協会共催)作曲部門(管弦楽)に上記卒業作品で3位入賞す。

1965年

同上(第36回、室内楽)に「弦楽4重奏曲NO.2」(「作品リスト」No.13参照)で3位入賞。以降の作品については「作品リスト」(P.6)を参照。

1970年

 東京芸術大学大学院作曲専修入学(指導教官:松村禎三教授),
音楽教育学ゼミ(浜野政夫教授)、楽理科総合ゼミ(服部幸三, 小泉文夫各教授他楽理科全教官参加)を聴講。
 ヤマハ音楽振興会で渡辺貞夫氏からジャズ音楽理論を習得す。
この頃、作曲家の水野修孝氏、およびその縁で彼が常任指揮者を務める千葉大学オーケストラ団員との交流ができる。
熱心なアマチュア音楽愛好家である彼等との合宿コンパ等で夜を徹した音楽論,恋愛・人生論の交歓を通して、音楽が持つ底知れない魅力に改めて気づかされた。このことは教職についてからの音楽観の見直しにつながった。

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千葉大オーケストラ軽井沢夏合宿にて(21/08/'71)

1972年

 ギタリストであった故平木勝津夫氏との旧縁からギター曲の委嘱作品が多くなり、故平田宏, 伊東福雄, 小川和隆, 若狭弘樹の各ギタリスト、および武蔵大学ギターアンサンブル,成蹊大学ギターソサエティのOB諸君との親交が始まる。 (越坂部勝,北上明宏、および荒井啓治,後藤隆宏,土田克彦の諸氏)

1974年

同上修了、芸術修士。修了作品:「12管編成オーケストラのためのアテンプション」。学校法人「作陽学園」作陽音楽大学(現、くらしき作陽大学)に赴任(音楽理論主任、助教授)。 津山少年合唱団が仲立ちとなり、故中川素行, 西井和弘両氏と親交を結ぶ。―「作品リスト」19,31参照。

1975年

国立山形大学教育学部特別教科(音楽)教員養成課程(略して「特音」)に割愛され転勤。 同僚として以下諸氏と親交を結ぶ。
 遠藤 賢(名誉教授,国画会々員),星野圭郎(元教授,創造的音楽教育,『創って表現する音楽学習(音楽之友社)』),鈴木渉(元教授,現東北文教大学講師,生涯音楽学習論『教師のためのピアノ伴奏法入門(東洋館)』),河野芳春(山形大学音楽芸術コース教授,バイオリニスト,『無伴奏Vl.のための愛唱歌39(全音)』),山本文陽(山形大学基盤教育院教授,日本文学)
 作品初演者:高橋幹彦,鈴木三郎,伊達華子,河野芳春,藤野祐一の各教授、および混声 合唱団『プリマヴェッラ』(特音学生により編成)

「同僚による初演資料」(No.は「作品リスト」から。改訂初演も含む)

No.3「逝く昼の歌」Ten.高橋幹彦Pno.作曲者
No.4「四季」Ten.高橋幹彦Pno.伊達幸子
No.6「リブ」Fl.とPno.のためのFl. 宮本明恭Pno.作曲者
No.10「ピアノ・ソナタ」Pno.松浜恵子
No.7「トランス」Vl.とPno.のためのVl.河野芳春Pno.作曲者
No.14「リコーダー・アンサンブルとブラス,パーカッションのための音楽」
Cond鈴木三郎Ems.山形大学教育学部コンソール・リコルデ
No.18「ファゴット協奏曲」Cord.大沢秀雄Fg.鈴木三郎
No.21「リブⅡ」Bar.小野浩資
No.24合唱組曲「ある日ある時」Cord.藤野祐一Pno.小林千恵
 合唱山形大学教育学部特音有志学生「プリマ・ヴェツラ」

 この他、同僚以外による初演には多くの在学生、または他大学(特に音大生以外)の学生諸君・諸嬢の協力があったことに対して改めて尊敬と感謝の意を表明したい。(「作品リスト」中のゴチックによる氏名等が該当)
 現代音楽の初演には以下の資質、および譜読み・楽曲分析に大変な努力と時間が必要である。
①現代作品の持つ多様な様式,個性・オリジナリティーに対応できる感受性。
②一般に技術・テクニックといわれる楽器操作能力・メカニックの一定以上の保持。
③上記①,②が元になった音楽性・人間性が原動力となる、作曲者と新作を共同完成させ、その作品としての成長を目指す音楽愛。等々。
 これらを満たしていた、という点から、彼等はその時点でその属するグループの上位に入る学生であり、これこそあるべき「教育と研究の一致」の実際である。
なお、「作曲リスト」No.8「セーニョ・メヒコ」のプログラム・ノート中にあるアマチュア学生が新作委嘱をする意義についてのくだりも参照されたい。

1983年

地域の現代音楽普及を目的とした「ノアズ・アーク」(現代音楽を考える会。代表世話人_佐々木良純氏)設立。月刊機関紙発行,試演会等を主催

1990年

日本作曲家協議会(JFC),「東北の作曲家」へ加入。北海道作曲家協会へ加入(2014年)

1998年

同上大学院教授(教育学部音楽文化コース。現、地域教育文化学部)

2008年

同上停年退職。この間、大学教員として共著, 学会での口頭発表、およびパネラー, 各種研究会の講師・助言者, 各コンクール審査員, 仙台市宮城文化協会副会長(兼理事長)などを務める。作品リスト_その他参照。

研究テーマ:現代日本に於ける音楽のあり方について

通称「作曲ゼミナール」修了者(主に卒業作品指導学生):後藤洋, 佐々木良純, 伊藤弘之, 小林康浩, 鈴木雅光_その他名簿整理中

必読図書

・「音楽と民族性」戸田邦夫著 音楽之友社
・「作曲技法」属啓成著 同上
・「管弦楽法」ゴードン・ヤコブ 同上
・「日本人と音楽」小泉文夫・団伊久磨(対談) 講談社現代新書
・「ディベートの技法」
・「和声の変遷」Ch・ケックラン 音楽之友社 他

主要作品:ボタン「主要作品」参照


趣味:

①読書:文化・生活様式関連書(含、サブカルチュア関係)。原始仏教,原始キリスト教・イスラム教・ユダヤ教各文献。
②辞書同士の比較検討による「日本的受容」のチェック
③落語④旅行等々。

“海外旅行記録ノート”から、当時ロング・ラン中の『キャッツ』(ミュージカル)観劇中採った舞台動線に関するメモ
12/08/00(Sun.)於、「ニュー・ロンドン・シアター」


座右の銘:

「表裏一体」(故、池内友次郎師の口癖), "自ら欲せざる事を他に強いる事なかれ。"(『論語・衛霊公』,『旧約聖書・ディトケー』)
「"明鏡,相対して塵をも映さず"」(出典不詳。柳生流道歌?)
「徹、現在・自己」(出典不詳。柳生流道歌?)


感銘を受けた本:

『論語物語』下村湖人著 岩波文庫。 『ブッダが考えたこと』宮本啓一著 春秋社, 
『失われた福音書 G資料と新しいイエス像』バートン・L・マック著 青土社, 
『魔女の論理』駒沢喜美著 エポナ出版(のち学陽書房女性文庫), 
『楽想のひと時』アルフレート・ブレンデル著 音楽之友社, 
『イヴの7人の娘たち』ブライアン・サイクス著 ソニーマガジンズ。
『銃・病原菌・鉄(上,下)』ジャレド・ダイアモンド著 草思社
『火の鳥』手塚治虫作,『忍者武芸帖』白土三平作
『西洋音楽史 全巻』 音楽之友社 特に第 巻 ロマン派と市民社会

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